「薔薇とビスケット」を読んだあとで、、、
「薔薇とビスケット」を読んで高校時代を思い出しました。
高校三年間、春と夏に、ある特別養護老人ホームに合宿という名のもとに通っていました。
全員参加ではなく有志で行っていたのですが、そんなに立派なものではありませんでした。
資格もなければそういう勉強をしたこともない女子高生が3~4日だけ滞在して、
ちょっとしたお手伝いをさせて頂くだけ、というものでした。
今思えば、こういう場所があるのだという事を知る、体験する、という主旨だったのでしょう。
あの頃の私は、何も出来ないことを嘆き、自分の存在が迷惑なのではないか、と
いつも不安な思いでいました。
受け入れるスタッフの方は私にそんな期待などしていない、などというのは、
年を経た今の私なら分かるのですが、多感な女子高生は気づきませんでした。
何かしなければ、何かしなければ、と焦っていたところ、ふと気づいたのが、
お話し相手になることでした。
私の方からお願いしてでも聞かせて欲しい話を皆さんはたくさんお持ちです。
私の好きなあの頃に青春時代をおくった皆さんは、私にとっては格好の取材対象でした。
今では静かに笑っているおばあさんはかけおち経験があったり、
一見ムスッとした無愛想なおじいさんは、若い頃を話し出すと饒舌になったり。
軍隊の話も、商売の話も、家族の話も、若い私には驚きの連続でした。
あの頃も今も変わらないんだ、歴史の一部分ではなく、ちゃんと今とつながっている!
そういう事を実感して喜んでいたのです。
ところが、これには弊害がありました。
私の何倍もの人生を重ねてきた方々のおむつ交換や着替え、食事介助、お風呂介助、
その時々に、抵抗がでてきたのです。
人間の尊厳などと難しいことはわかりませんが、多感な女子高生は、またしても悩みました。
こんなふうに焦ったり悩んだりしてばかりいた合宿でした。

こういう職場で働いているのが「薔薇とビスケット」の主人公徹くんです。
働き始めて2年目。
若い自分と、老いた入所者の方々とは、生きる世界が違うように思えて、
仕事に慣れて行くに従って何か奇妙な感じにからめ捕られます。
それは『絶望、諦め、同情、怖れ、虚しさ、喪失感』のどれもが当てはまるような
どれも当てはまらないような、奇妙な感じ。
多感な女子高生だった私も彼と同じような感じを受けていたのでした。

過去にタイプスリップした徹くんは、「時」には継ぎ目がないことに気づきました。
皆同じ世界を生きている、「老い」はファンタジーではないと。
自分も含めて誰もが必ず老いるのだと。
そして人生を折り返した現在の私にとって、老いは身近なこととなりました。
老眼になったり皮膚が弱くなったり、、、まだまだ“老いビギナー”ですが、
これからどのように自分が老いるのか、興味津々であります。
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by orochon3 | 2013-08-26 14:32 | 美容&健康 | Comments(0)

主に戦前邦画と、思い切り偏った読書の感想などなど。近頃はもっぱらお酒ばかりで スミマセン。
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