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田辺聖子さんの本を読んでいるといつも日本語を勉強したくなります。
新しい言葉を知る喜び、ああ日本語っていいなと思います。 この「残花亭日暦」はご主人のかもかのおっちゃんが亡くなる前後の日常を チョキチョキと切り取ったような日記形式のエッセイなのですが、 普通の日々の暮らしの中にこれほどの言葉を使う事ができる知性に いつもながら驚くばかり。(私如きが驚くとは厚かましい事ですが、、、) 何度も読んだ本ながら、今回特に私の心に響いた言葉があります。 それが「憂悶の雲」 田辺さんは自分のウツウツした気持ちが晴れた時にこの言葉を使い、 『憂悶の雲が晴れるような気持ちがした』と表現されていました。 先日拙ブログに、昨年よりの私の心情を、 『雪をたっぷり含んだ灰色の重たい雲が常に頭の上にかかっているみたい』 だと表現しましたが、それがこの言葉に集約されていて得心した次第です。 先日の寒波の吹雪を窓から見ていた時に、この言葉が思い出されました。 晴れ間なく雪を降らせるごとくなり頭上にひろがる憂悶の雲 この本も最初から最後までからりとア・カルイ田辺聖子風が充満していて、 大事な夫との死別を淡々と作家的に表現しているのでジメジメ感は全くナシ。 けれど、最後の最後のくだりにはジィンとしてしまいました。 五七日の読経の時にロウソクの火がしきりに燃え、どこか意志的な燃え方をした。 それまで泣かなかった田辺さんは何故か涙が止まらなくなったそうです。 親戚のオバサンはロウソクがパチパチ燃えてスミオサン(ご主人)が喜んでいた! と言い、アシスタント嬢は大きな気の流れが仏壇に入っていったと言いました。 六七日の時、生さぬ仲の長女が帰りしなに手紙と金一封を置いていきました。 (田辺さんは結婚した時、ご主人の連れ子だった子供たちに自分のことを 「聖子おばちゃん」と呼ばせたそうです、お母さんは彼等のお母さん一人だと言って) 手紙には「長い長い間お父さんを見て頂いてありがとうございました。 それからお疲れ様でした」と書かれていて10万円入っていたそうです。 『仏壇の赤い蝋燭のふしぎな"気"より、こちらのほうが私にはコタエて、 涙が出て来た』 この一文に私も少し泣きました。 ご主人の容態が悪化してから、仕事と家庭と老母介護と夫の看病という 怒濤の日々が始まります。そんな中に書かれた一首。 いささかは 疲れましたと いいたいが 苦労が聞いたら 怒りよるやろ こういう波長が実に実に快いです。 そしてこの波瀾万丈のお話は、この一言でおしまいになっています。 『人生はだましだましもっていくべし』 このように柔らかく生きていけたら良いのですが、私の性根は電信柱のように 固くて柔軟性が皆無なのですからいけません。 柔軟性がないあまり、いつかポキッと折れるのを待っているような気もします。 憂悶の雲は晴れる気配すらありません。
by orochon3
| 2017-01-27 09:22
| 本
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