旅のしおり

浄土寺、もう少しおつきあいくださいまし。
浄土寺は不思議なところです。
夫が言うには、なんにもない、とのこと、
そう言えば彼の言うとおりお守りも何も売っていませんし、
お坊さんの姿が一切見られませんし、植栽管理もどうも頂けない。
阿弥陀堂の入り口受付のおばさんにお金を500円払うだけです。
両脇にある宝持院と歓喜院が交代でお当番をしていて、
駐車場に当番寺院の案内矢印があるそうですが、
私たちが参拝している間にもおばさん以外誰もおられませんでした。
ほんと、不思議なお寺なのでした。

今回はあちこちで積極的にパンフレットやちらしを集めました。
イラストのマップを眺めていたら、
浄土寺の近くに広渡廃寺跡公園というのを見つけました。
(小野市のHPに詳しいです →  )
7世紀後半に建立された古代寺院跡です、薬師寺と同じ伽藍配置で
かなり大きな規模のお寺だったようです。
園内には縮尺1/20の模型もあるとのこと。
浄土寺の規模も建立当時はたいへん大きなもので、
なんでこの小野という場所にこんなスゴイ規模の立派なお寺があるのかと、
ずっと不思議だったのですが、広渡寺という立派なお寺まであったとは。
小野という土地はいったいどんな土地だったのでしょう???

たくさん集めたパンフレットやちらしを見ていると、
これらのお寺がある一帯は、1147年に東大寺の荘園となり、
「大部荘」(おおべのしょう)とよばれていた事がわかりました。
その規模は、東は現在の浄土寺裏山、西は加古川、
南は小野市垂井町付近、北は東条川と想定されるとのこと。
そしてその荘園の拠点が浄土寺だったのでした。

広渡寺は7世紀後半に建立され、平安時代末期には荒廃していて、
そのご本尊を鎌倉時代建立された浄土寺の薬師堂の本尊として
祀られたという伝承があるそうです。


b0019591_13261061.jpg
(歓喜院のお庭、咲いたばかりの蓮)

なかなか奥深い小野の歴史にふれることができました、しかしそれよりも、
東大寺がどれほど力があったのかということを小野の地で窺い知ったのでした。
 はからずも奈良の権勢しのばれて麦の穂ゆれる播磨路を行く


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by orochon3 | 2017-06-03 14:18 | | Comments(0)


主に戦前邦画と、思い切り偏った読書の感想などなど。近頃はもっぱらお酒ばかりで スミマセン。


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