「阪神間モダニズム再考」第一回

昨日は夏の公民館講座の第一回目でした。
午後からなので、眠たくならないか心配していましたが、
自分の興味がある話というのは眠たくならないもので、
しっかり一時間半講演を聞くことができました。

今日は第一回目で、阪神間の都市形成とモダニズムについて。
講師は関学の高岡先生という方でしたが、
「モダニズムを研究しているわけではありません」と冒頭
いきなり仰ったのでビックリ仰天してしまいました。
しかしながら講演の内容は吾がまち芦屋を中心とした関西のお話で、
大変興味深く面白いものでした。

先生のご用意された資料を手元に講演がすすみます。
まずはモダニズムという言葉から説明をされました。
明治は「生産文明」、大正は「消費的文化」がその特色であり、
その文化が日本モダニズムとなるみたい。
その日本モダニズムというものは、1920〜30年にあたる時期に
隆盛を極めたようですが、その担い手はその頃新しく生まれた
サラリーマンという新中間層と一般大衆でした。
そしてのその内容は主にその頃世界で最も元気だったアメリカの
様々なものに影響を受けたということでした。
一方、阪神間モダニズムというものはまったく異なるものだそうです。
河内厚郎氏によると、豊かな人の豊かな文化からスタートしたもので、
早くも明治末から始まりロシアを含む欧米の影響を受けているとのこと。
氏の『豊かさに後ろめたさを感じない風土に育った市民文化』という文章
を読んで、まさしくそれが阪神間の特色ではないかと
目の前がひらけたような気がしたのでした。
 ゆたかなる文化花咲く阪神間 まだ醒めやらぬモダニズムの夢

また、阪神間は東京の郊外に広がった別荘と違い、
別荘の色彩をもった住宅地であり、よって、
全国の駅の中で一等、二等の乗客が最も多いのは大森駅ですが、
それに次ぐのがなんと住吉駅だと、1921年の新聞に書かれていました。
驚くべき事実、住吉を侮るなかれ!
、、、ちょっと興奮して、長くなりましたのでつづく。

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by orochon3 | 2017-07-08 15:13 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)