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ナント。 セミがなき始めました。 阪神間モダニズム再考、もう少し続きます。 講演の中でもうひとつ、気になる言葉がでてきました。 同じく1921年の大阪朝日新聞によると、、、 大大阪の公害から郊外へと逃げ出した人たちが田園生活の地として 集まってきたところが、 『夙川より西即ち蘆屋から御影に互る所謂甲南一帯』である、 ということなのですが、この”甲南”一帯とは? 六甲山の南?それとも甲山の南? どちらにせよ、この一帯に私は並々ならぬ思いがあるのです。 よく”阪神間”と言いますが、では、さて、どの地域をさすのでしょう? 文字通り大阪から神戸ととって頂いてはちょっと困ります。 大きくはそうかもしれませんが、 灘から武庫川くらいまで、とよく言われているのを耳にします。 しかし! 私の中で阪神間というと、西宮、それも夙川あたりから、 東灘までのとてもコアな一帯がまさしく阪神間である、 とずっと前から思い込んでおりました。 その説を唱えると、また言ってる、、、と苦笑されていたのですが、 この大阪朝日新聞に書かれた文章を見て、ほら!ね! と得意顔で頷いていたのでした。 これを書いた記者のひと、あなたはエライ。 狭義では甲南一帯が阪神間 その中心を蘆屋に据えて 次回は来月、テーマは行楽地としての阪神間地域です。 楽しみ。
by orochon3
| 2017-07-09 14:33
| その他(ほぼお酒)
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