あっと驚くタメゴロー

先週の検査結果を聞きに、婦人科へ行って来ました。
もう本当に今月はお医者さんばっかりですが、
婦人科は産婦人科でもあり、待合室は幸せそうな妊婦さんばかり。
普通の病院の待合室とはまったく違う雰囲気です。
小さいお子さん連れの妊婦さんもいたりして、いきなり小さな女の子が
私に絵本を持って来たりするのでかなり困るのですが、
検査結果を聞くという少々緊張した私の精神状態であっても、
それどころじゃない騒ぎなのでした。

そして血液検査の結果ですが、
なななななんと、すべて正常な数値なのだそうです。
と言われてもよくわからないのですが、
卵胞刺激ホルモンというものの数値が正常値なのだそうです。
更年期障害のひとはこれが私の数値の8倍くらいにもそれ以上にも
あがるのだそうですが、私は正常そのもの、更年期の状態ではない、
という診断がくだったのであります。
先生も、てっきり更年期だと思っていたそうですが、違ったと。
それならば、いまの私の状況をどう説明すれば良いのですか、
腑に落ちない。納得がいかないじゃないですか。
婦人科では原因はみつからないと先生。
では私はどこへ行けば良いのですかと尋ねたところ、
精神科に行ってみるというのもひとつの手では、と言います。
諸症状の原因はいわゆるひとつのストレス!と考えられると。
思いも寄らない結果となって、がっかり肩をおとした私です。
こうねんサンの仕業であってくれたら全て合点がいくのに。
それをストレスだなんて、、、いまの私のストレスは、
それはけっして解決されることのないものなのだからして、、、。
しかしながら、こうして結果を突きつけられると仕方がありません。
認めたくありませんが、私のこころは強くなかったということですね。
本当にこの結果は悔しいこと甚だしいです。
 大丈夫わたしはへいきと言いしとき こころは発すSOSを
こうねんサンはいずこ。

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by orochon3 | 2017-02-28 17:00 | 美容&健康 | Comments(0)

「広報あしや」に思う

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昨日広報芦屋がポストに入っていました、見てビックリ!

三原舞衣さんは県芦に在学中だそうですので、
ここで優勝おめでとう!は結構だと思うのですが、
問題は、吾が稀勢の里です。
カッコして芦屋生まれって、、、。
ただでさえ、茨城県牛久市と竜ヶ崎市が取り合いっこしてもめてるのに、
(住所は牛久市だけど学校は竜ヶ崎市だったらしい)
そこへ生誕の地というだけで芦屋市まで出ていくことはないのでは?と
私は思うのであります。
時々、芦屋生まれというのは聞いてはいました。
まあ多少なりともご縁があるというのは芦屋市民としては嬉しく思いますが、
稀勢の里の中でも芦屋市というのはほぼ「ない」のではないかと推察します。
芦屋市は本当に生まれただけで、場所中も「茨城県牛久市出身」
とアナウンスされているのですから、牛久市で良いじゃないですか。
ちょっと恥ずかしいなあと思ったのでした。
稀勢の里の横綱昇進は日本国中が喜んでいるのだもの。

その問題の広報芦屋の中に、気になる記事がありました。
須藤絢乃さんという写真家は、セルフポートレイトという活動をしていて、
12歳から20代前半まで芦屋市に住んでいて山中卒業生とのこと。
それがご縁なのか、細雪の四姉妹に扮したセルフポートレイトを作成し、
昨年末谷崎潤一郎記念館で「てりはのいばら」という写真展をひらいたという
見開きカラー記事でした。
個人的には長女の鶴子さんの写真がいちばんしっくりきて好きです。
須藤サンのおばあさまが堀江新地で御茶屋を営まれていたそうで、
着物や小物はそのおばあさまからの借り物だと書かれていました。
この写真展を逃したのは痛恨のミスでしたが、こうして紙面ででも拝見できて
良かったです、すべりこみセーフ!という気持ち。
細雪も愛読書であります、幸子の住む芦屋の家にお邪魔してみたかったわぁ。


今日は春場所の番付表が発表されました!
西の横綱に稀勢の里の名前が燦然と輝いていました。
本当にもう大関ではないのだなぁ。
さあ荒れる大阪場所が始まります、ガンバレ稀勢の里!
そして貴景勝!
 虚をつかれ嘘をつかれて隙つかれ なおもまだこぬ沙汰まちつかれ

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by orochon3 | 2017-02-27 15:14 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)

テレビで勉強、新開地

夕べ部屋で本を読んでいたら、テレビに神戸の近代建築が出るよ!
と夫が教えに来てくれました。
NHKのブラタモリという番組で、タモリが神戸のまちをブラブラする
という内容でしたが、近代建築の家はすぐ終わってしまいました。
北野や元町のあたりは終わりましたが、新開地へと場所が移り、
新開地というまちが成り立って行った過程がとてもわかりやすく
映像や写真や地図も交えて説明してくれてとても面白い内容でした。

実は新開地というまちにまったく愛着はありませんでした、
行ったことも数えるくらいしかない近いのに遠い場所だったのですが、
私の愛読書である佐藤愛子の「血脈」を読んで以来、
新開地、特に戦前の新開地にとても興味がありました。
佐藤紅緑の人生を狂わせ、佐藤家全員がおかしな方へ流れるきっかけを
つくった三笠万里子という女優がいた場所が新開地なのです。
三笠は新開地にあった聚楽館附属の女優養成所に入って女優を目指し、
その後東京へ行って佐藤紅緑に出会ってしまいました。
佐藤紅緑の次男節の嫁カズ子も、もとは新開地のカフエの娘だった
のではないかと記憶しています、、、(確かめていませんが)。
「血脈」を読んでから、当時の新開地はどんなだったのか、いまの新開地
しか知らないので想像もつきませんでしたが、とにかくとても華やかだった
のだろうなあとわからないなりに考えていました。

その華やかな新開地がなぜ華やかになったのかという時代背景を
この番組で知ることができました。
1905年に神戸と兵庫を隔てていた湊川をうめて新湊川を開削し、
そのうめられた湊川が新開地として開発されというのです。
商店街ができ、その中にたくさんの劇場が生まれました。
1913年には三笠万里子がいた聚楽館が開業しています。
あの淀川長治が映画を見まくっていたのもこの新開地でした。
劇場小屋が立ち並び、映画や芝居を観に来る人たちが
食べたり飲んだり買ったりする、華やかな戦前の新開地が
こうして出来上がって行ったということでした。
ああ!その頃の新開地に行ってみたい。
私には叶わない夢が多すぎます。

いまでは神戸も兵庫も楽々行き来できますが、新開地が出来る迄は
かなり遮断されていて、新開地ができて神戸は一つになりました。
いまの神戸市のマークはふたつのカーブが交わっているものですが、
それは神戸と兵庫が交わって一つになったという意味があるそうです。
へえー!こんなに近くにいながら何も知らないでいました。
この年になってでも、知ることができて良かったです。

寒くなると見越して昨日はシチュウを仕込んでいました。
今日は期待ははずれてそれほど冷え込みませんでしたが、
それでも温かいシチュウはほっこりと美味しいものでした。
前回仕込んだ時に煮込み過ぎて鶏肉がほろほろになってしまい、
かなしい結果となってしまったので、今回は注意いたしました。
なぁんて言っても吾が家のシチュウはハウスの北海道シチュウのルウで作ります。
なので私は煮込んだだけです、ハウスさん前回はごめん、今回もありがとう!
 早春のすきとおるそらみあげても あんうつとしてまだ沙汰もなし
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ブラタモリの神戸篇の再放送は3月15日午前1時だそうです。
もう一度みて復習しよう!

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by orochon3 | 2017-02-26 15:15 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)

萬の一字

お嫁に行くことが決まったとき、父からお金を預かりました。
花嫁準備に使うべし、ということでした。
かなり大きな金額だったので、私は銀行口座をつくり、
小さな金銭出納帳を買ってそのお金を管理する事にしました。

好き嫌いが激しく、自分が気に入ったものしか受け付けない、
そのワガママな性格をイヤという程知っている親なので、
自分で好きに花嫁支度をすればよい、と思ったのでしょう。
言うまでもなく、夫になる人も私の好きにさせてくれる
希有で素晴らしい人物でしたので、
おかげで私はいっとう幸せな花嫁支度をすることができました。

なかでも、食器類はもともと好きだったので特別でした。
同じく食器好きの母とあれやこれやと探しまわりました。
どれもこれも、自分で厳選した食器です。
銀座の松屋百貨店は趣味の良い品揃えをしていて、
私の好みのものも多かったので、細々したものはここで揃いました。
京都のアソベでは漆器を揃えました。
新門前では古伊万里の中皿を二枚だけ買いました、
大フンパツした思い出のお皿です。
そして母と共に佐賀県へ行ったのは最高潮でした。
有田と伊万里をあちこちまわって、好みを探しあてました。
有田では染め付けの青花という窯元が気に入り色々買い揃えました。
伊万里では潔い白磁の中皿と小皿を揃えました。
中皿は直径15cm、小皿は直径10cmの理想的な大きさで
食事のたびに使うくらい便利で重宝しています。
その小皿の一枚にヒビが入ってしまい、ずっと気になっていました。
真っ白なだけに色が染みて目立つのが困りものですが、
割れてしまうわけではなく、使うには支障がないので案外丈夫なのですね。
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なんというお店で買ったのか名前を忘れてしまって、
それから伊万里に行くこともなく、もやもやしていました。
それが、先日偶然手にした婦人雑誌にあった伊万里焼きの窯元の
「畑萬陶苑」という名前にピピピ!ときました。
というのも、お皿の裏には萬と一文字だけ書かれていて、
この萬がヒントだなあとずっと思っていたのです。
たぶん、いえきっと、この窯元さんのお皿でしょう。
これでなんとなく安心しました。
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いつの日かまた伊万里へ行くことができれば良いなあと思います。
 さらにひび こころにもひび いやなひび まだ割れぬよういのりてつかう

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by orochon3 | 2017-02-25 13:04 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)

バニキンズ

いまグランフロントでピーターラビットの原画展が催されているそうです。
行ってみたいと思いながら、ふと思い出したのがうさぎの絵のついた食器。
小さい頃ピーターラビットが身近になる以前に吾が家にあった食器で、
絵のうさぎはピーターよりもずっとつり目の独特な顔をしていました。
その味のあるうさぎの表情とお皿の縁を走り回っているうさぎの絵が
とても印象的で、優しく郷愁的な色合いもお気に入りでした。
寒い日にはつり目のうさぎが描かれた背の高いマグカップで、
あったかいココアを飲むのが冬のお約束で大好きでした。
なんでも捨ててしまう吾が母が当然のごとくいつの間にか処分してしまい、
あのうさぎの食器は記憶の彼方へと忘れられていました。
どこかで数度目にしたことがありましたが、またすぐ忘れてしまいます。
この度ピーターラビットの食器を見て、あれ何だったっけ?とまた思い出し、
調べてみたら意外やすぐに謎は判明したのでした。
うさぎさんの名前はバニキンズといいロイヤルドルトンの有名な食器でした。
そしてそれは1934年に英国の修道女によって生まれたのだそうです。
彼女のお父さんがロイヤルドルトン社の役員でした。
子供用食器シリーズを開発中だったときに娘が小さい頃から描いていた
うさぎのイラストを採用したのだとか。
ウイリアム王子など英国王室の子育てにも愛用されているらしいです。
(バニキンズの食器の画像はこちらをご参照ください →  )
初めは役員の娘のバーバラ・バーノンが描いたイラストで、
二代目(1952〜1988)はウォルター・ヘイワード、
三代目(1987〜1955)はコーリン・ツイン、
四代目(1955〜現在)はフランク・エンダーズビーと
これまでの80年余りの間に四人の手によって引き継がれてきたバニキンズ。
吾が家にあったのは二代目のウォルターさんの絵です。
そして、ああ!ここでも1930年代につながっていました!
 よみがえるおさなきころのヴァンホーテン つゆはらいにはつり目のうさぎ

バニキンズの食器を使っていた子供が大きくなって子供をもったら、
実家の母親からバニキンズの食器を貰い受け今度は自分の子供に使う、
そうして使い続けて行くものなのらしいです。
吾が母にはそういうことは絶対に望めないのが悲しいかぎり。
貰ってきたとしても私に子供はありませんが。まあそういう親子です。

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by orochon3 | 2017-02-24 13:10 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)

とんかつアゲイン

コストコの更新料を払いに行って来ました。
先月行ったばかりなのでそうそう買うものはなかったのですが、
チーズ味のピザが1枚につき300円引きになっていたので、
ずっと気になっていたあの大きなピザを今回初めて買ってみました。
家に帰って小さくカットし、ひとつずつアルミホイルで包んで、
ジップロックに入れて冷凍しました。
トッピングがチーズだけなので、焼く時に色々とアレンジするのが
今から楽しみ、、、トマトとかサラミとか。
あとはいつも買っている冷凍の餃子です、これはかなり便利でお気に入り。
バラバラになって冷凍され袋に入っているので、1個ずつ使えます。
スープの具にしても良いし、お鍋に入れたり水餃子にも良いです。
もちろんスタンダードに焼き餃子も手軽で良いです。

コストコに行く前にはまたしてもかつ茶屋に行ってしまいました。
前夜のニュースでとんかつを特集しているのを見てしまったから、、、。
前回は黒豚料理が全品15%という期間だったのですが残念ながら終わっていました。
でもまあ鹿児島白豚でも結構美味しいのです、そして若干お安いです。
色々と迷ったわりにはマンネリなヘレカツと海老フライのセット、
またしても何故か冷たい小さな揚げ出し豆腐がついていました。
そしていつもついてくるゴマは私は使わない派です。シンプルが好き。
もちろん食べきれるはずがないので、海老一匹とヘレカツ一切れは夫へ。
タルタルソースにもう少し酸味が欲しい、ということ以外は大満足で満腹!
本日もブタミンエービーを大量摂取して元気百倍です。
 空腹にはやるきもちをおさえつつメニュウながめる時ぞうれしき

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キャベツとお味噌汁をおかわりしました。


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by orochon3 | 2017-02-23 15:54 | 美容&健康 | Comments(0)

Sanrio Lovers!'70s

昨年はたくさんの本を処分してしまい、
あ!あの本がない、この本もない、という状態になっています。
一度読んだ本でもすぐ忘れて何度でも読みたくなる困った脳みそです。
いまは読まないけれどまた読みたくなるであろうと思われる本と、
これだけは絶対にこれからも何度も読む!という本とに分けて、
後者だけを泣く泣く残し、いま部屋の書棚に並べています。
ひとが見たら、なんでこれを?と思われる本が残されていることもあります。
そのうちの一つがこれです。
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平成22年10月主婦の友社から発行されたもの。
最近書店でとても目立っていてそのコーナーすらある、例の分厚い雑誌です。
雑誌部分は薄いのにその附録が凄くて、附録がメインと言っても過言ではないくらい
豪華で立体的な附録がついているものです。

当時書店でこれを見つけた時の私の興奮たるやすさまじく、
手にとるやいなや会計へと小走りになったことを覚えています。
小走りしながら表紙の右上に目は釘付け。
スペシャル附録として1976年販売のフレンドシップコレクションの復刻版が
ついているというのです、コレ!
吹き出しで「みんな大好きだった」と書かれています、私も大好きだった!

子供のころ、家の近所にミッキーという雑貨屋さんができました。
サンリオの商品がお店にあふれんばかりに並べられていました。
この雑誌の年表によると1974年にキティちゃんやパティ&ジミーが発売された
ということなのでちょうどその頃だと思います。
私は小学校にあがる時分で、文房具やいろんなグッズが欲しくなるちょうどその頃。
ミッキーに入り浸りとなっていました。
ミッキーに入ると、正面にこのフレンドシップコレクションのショウケースがあり、
どれもこれもすごーくちっちゃくて可愛くていつまででも見ていられました。
木製の小さなベンチは特にお気に入りでした。
ずっとあのアクリル板のショウケースが忘れられなかったので、大興奮!
この写真は飽きることなくずっとずっと眺めていられます。
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あの頃、欲しいものはなんでも買ってもらえるという素晴らしく豊かな環境に
あった私は、ミッキーにあるもので欲しいものは全て買ってもらっていました。
なんという幸せな子供でしょう。
吾が母ながら、ちょっと育て方を間違えたんじゃない?と思いますが、
なんてことはない、その母自身がそういう風に育てられたのです、仕方なし。
つまりそういう親子なのでした。

この附録のついた分厚い雑誌がどうしても処分しきれず、
もっと大切な本が他にたくさんあっただろうに、書棚に残してしまいました。
いったい何歳までこれを持っているつもりでしょう、もう50になるのに!
 ちいさき日こころおどらせあつめたるあかいリボンのましろな仔猫

小学校の頃に神戸大丸でサンリオフェアーの催事がありました。
行く!と言って母と(何故か)弟と三人で喜び勇んで出かけたのは良いですが、
あまりに興奮し過ぎた私は催事場で倒れてしまいました。
倒れるくらい好きだった、なんて幸せな思い出ではないですか、
母と弟はものすごく迷惑だったと思いますが。

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by orochon3 | 2017-02-22 15:49 | | Comments(0)

ついに本丸へ

長々と書き連ねてきた私の不調の記もついに本日をもって最終段階、
ようやくにして一巻の終わりとなるでしょうか、、、?!

先週耳鼻科へ行ったおり、診察を待つ間に(実に1時間半)
近所にある産婦人科に予約を入れておきました。
そこはちょうど50年前の9月に母が私を産んだ病院で、
私もずーっとそこへお世話になっています。
我々のようにこの街で代々お世話になっている人も多い事でしょう。
一言で言えば信頼のできるお医者さん。
もちろんそれから代替わりが二度あって、いまは私より年若の
(それでももういい年の)坊ちゃんがモダンな病院に立て替えて
妊婦さんで賑わっているようです。
というのも、このモダンな病院になってからまだ一度も行った事がなく、
今回予約を入れるさい初めて足を踏み入れたのでした。
そこは、もう私が産まれた頃の洋館の建物とはほどととおく、
もちろん私が通院していた二代目の病院とも段違いにオシャレで、
まるで知らないところへ来たようでしたが、
受付嬢は優しく親切で、ほっと胸をなでおろしたのでした。
混み合っていて予約がとれにくいという噂どおり、あれから1週間経って
ようやく本日めでたくも診察の日がやってきたというわけです!
病院の姿形は変われども診てくださるのは顔馴染みの先生なので、
初めは緊張しましたが先生と話していると落ち着いて来ました。
果たして診断はというと、ナント血液検査の結果が出てから改めて、
なのだそうです。来週の予約を入れて、ではまた次回に、、、。
ということでうまく一巻の終わりとはいきませんでしたが、
ついでに子宮がんの検診もお願いしたら市の検診扱いとなって、
わずか1000円だという事でした、まぁ嬉しい!行って良かった。
 肩力み診察室へ向かいしも検査ばかりで結果はおあずけ


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by orochon3 | 2017-02-21 15:24 | 美容&健康 | Comments(0)

しもやけその後

昨日とうってかわったお天気!
予報どおりにお昼からジャブジャブと雨が降って来ました。
どこかへ出かけたいと思っていたのですが、じっと家にいます。

午前中のうちにいつもの皮膚科にちょっと行ってきました。
「しもやけどう?」と先生に聞かれ「だいぶんイイです!」と言うと、
先生はとても嬉しそうな顔をしていました。
しもやけなんて生まれて初めてなったので、不安な私が何度も行くから、
かなりご迷惑だったみたい、、、。
春になって暖かくなるまでは一進一退だそうですが、
しもやけがどういう症状なのか、どうすれば良いのかわかったので、
もう不安はありません、しもやけ、どんと来い!という気持ち。
でもまさか自分がしもやけになるとは夢にも思いませんでした。
生きていると思いもしないことが起こるものとわかっていたのに。

そういえば、諸先輩のマダム達に更年期障害の話をすると、
「うつになる人もいるのよ、無理せず気持ちを楽にせよ」という
アドバイスをよく頂きます。
うつ、ってうつ病のうつでしょう?ワタシはならないと思うなぁ。
そう思った時にしもやけのことを思い出し、無関係だと思っていても
もしかしたらうつになるかも?と少し想像してみました。
しかし、具体的な情報がないのでよくわからず、想像は断念!
人によっても色々な症状が出るらしいので、いちいちハラハラせずに、
気を楽にして上手に波乗りをするように過ごしていくべし、という結論に
落ち着いたのでした。やってみよう。
最近は本当に気持ちが穏やかではなく、いつも心に波浪警報が発令中。
更年期のせいではなく、吾が頭上の大きな憂悶の雲のせいです。
 たのしみは湯上がりの身をよこたえてぬくぬく布団で読書するとき
ささやかな幸せを大切に。

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by orochon3 | 2017-02-20 14:16 | 美容&健康 | Comments(0)

もうすぐ春ですね

寒波到来などを言い訳に寒いあいだはずっとさぼっていたプールも、
ようやく最近はちゃんと出かけるようになりました。
ミストサウナで身体を温めてから水に入るとサムッ!となりますが、
100Mも泳げば間もなく身体は水温に慣れてしまいます。
30分も泳いでいるとほとんど寒さは感じないようになりました。
つい最近まではどれだけ泳いでも寒いままだったのに。
家に帰る時はやはりまだ寒いですが、家を出る夕方頃は寒さもゆるみ、
真っ暗だった空もまだ明るくて日が長くなっていることに驚きます。
私がさぼっている間に、まじめに季節はすすんでいたのですね。
朝、洗濯物を干している時も手がかじかんで干しにくい時と、
空気がぬるいと感じるほど寒さがゆるんでいる時とあります。
こうして確実に季節は春へむかっているのでした。
 清澄な朝の空気に手をあわせ 今日一日の平穏いのる

昼下がり、夫と家から南方面へ散歩にでました。
手袋をしないと手は冷たいですが、陽射しはもう冬のものではなく、
毛糸の帽子は脱ぎました。

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by orochon3 | 2017-02-19 15:34 | その他(ほぼお酒) | Comments(0)