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「花も嵐も 女優・田中絹代の生涯」古川薫

凄絶という言葉がぴたりとあてはまる人生でした。
そもそも、私が初めて絹代サンを観たのは何だったか。
もう忘れてしまいましたが、ずいぶん前に「マダムと女房」を観て、
なんてカワユイ!と一目惚れでした。
「花籠の歌」とか「男の償い」「新道」(モチロンどれも戦前の作品)と、
どれを観てもカワユイ。
ちっちゃくて、でも色っぽくて、洋装も和装もどちらもお似合い。
とりわけ、彼女の特徴的な声が好き!ひそめた眉も好き!
でも、そんな作品を撮っている時も、彼女は戦っていたんですね。
貧しい家族を大阪から呼び寄せて養い、母親の為に鎌倉山に絹代御殿を建て、
稼ぎに稼いで、“大恩ある松竹”の為にも働いて、大幹部のスターの座を勝ち取り、
おしもおされぬ大女優となるくだりは、寝るのも惜しく読みふけりました。
そして、戦後。
アメリカ帰りに洋装で投げキッスした絹代サンは大ヒンシュクをかってしまって、
大きな壁にぶちあたったけれど、溝口健二とコンビをくんで起死回生。
このくだりもまたおもしろく、続きが読みたくて早朝から起きてしまいました。
作品としては、「流れる」がだんぜん良かったです!また観たくなってしまった。
そして、小さな頃に観た「サンダ館八番娼館」の老婆、コワカッタ思い出しか
なかったけれど、この本を読んで、もう一度観なくては、と改めて思いました。

戦前の松竹をはじめとする映画界の黎明期、スターにのしあがっていく絹代サン。
戦後の動乱をのりこえて花開く映画界で、必死で演じ君臨する絹代サン。
どちらの絹代サンも大好き。
でも、晩年、病魔におかされ、突然の入院からあっというまもなく亡くなって、
その時には病院の支払にも困っていたなんて。そして臨終には周りに誰もいなくて、
たった一人で逝ってしまったなんて。
幸せ、なんて、何が幸せか、なんて、簡単には答えは出ません。
一生、ヒトのことを悪く言わない「田中絹代」という女優を演出し、
みごとに演じ続けた絹代サンは、だからこそ、みんなに愛されたのですね。

清純派から演技派へ、老いも何もかもを乗り越えて、死ぬまで演じ続けた
文字通り「映画と結婚した」銀幕の大スター!こんなひと、もういないでしょうねぇ。

奇しくも、古川薫さんの本は二冊目でした。
これも大好きな児玉源太郎さんを書いた「天辺の椅子 日露戦争と児玉源太郎」
という作品。古川薫さんも絹代サンも源太郎さんも山口県出身。
そして、私も。母方の祖母は山口出身なのでした!

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by orochon3 | 2005-05-24 23:55 | | Comments(0)

主に戦前邦画と、思い切り偏った読書の感想などなど。近頃はもっぱらお酒ばかりで スミマセン。
by orochon3

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