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カテゴリ:本( 111 )




「高峰秀子の引き出し」齋藤明美

クロワッサンに連載されて
いたものをまとめたものです。
改めて一冊になったものを
読み返してみました。
内容はほぼほぼ覚えていましたが、
読み落としていた回もあって。
その中でも、最も印象的だったのは
高峰さんの言葉のひとつでした。
”私は、イヤなことは心の中で握りつぶす”
分かっていたつもりでも、
やっぱり恐ろしいほど強い方です。
けれどご本人は言います。
私は強くない、強いふりをしているだけ、と。
そして齋藤さんはこう書かれています。
「常にこうありたいと願う自分の姿を
 めざしていた。
 人がどう思うかではなく、
 自分が今の自分をどう思うか」
その最も難しい努力をし続けた人だ、と。
あぁ、恐ろしや、、、そんなことは
理想中の理想です、それを生涯変わらずに
努力し続けたなんて!
久しぶりに、ピシッとしたあの後ろ姿を
見たように思いました。
とうてい足元にも及びませんが、
何十万分の一かでも近づけるよう、
信念を曲げずに生きていきます。
 強くないからこそ強くなりたいと
   絶えまぬ日々の惜しまぬ努力

NHKのスポーツオンラインで
大相撲の取り組みを観ることが
できるようになりました。
観たい取り組みを選んで、
自由に観られます。
これで見落としても大丈夫!




by orochon3 | 2019-07-13 08:16 | | Comments(0)

もう少し「あるシネマディクトの旅」

池波正太郎の旅は、
派手なことは一つもありません。
ごくごく日常的でいて、
時々、非日常がポツポツと
まるでモザイクのように
はめ込まれています。
まるで小説を読むような出来事。
中でも最も印象的だったのは、
マルセイユのプチニースという
デラックスなホテルで過ごした
一夜の出来事です。

夕食時、シャトォマルゴォの
年代ものを注文した際に、
若い給仕がこれも年代ものの
由緒ありげなデキャンタへと
移しかえた瞬間に床へ落としました。
給仕は顔面蒼白、辺りにワインの香り。
手は震えて蒼い顔をした給仕、、、
池波さんは彼が気の毒になり、
持参の(お土産用にたくさん持ってきていた)
日本製の布のカレンダーを彼に手渡して、
うなずいてみせたのでした。
そこから、池波一行へのホテル側の
態度が変わった、と書かれています。
「前夜までがどうというのではない。
 つまり、親しみをはっきりと
 あらわすようになったのである」
この表現の仕方が嫌味がなくて、
なんとも爽やかな印象を受けました。
ホテルの人たちの雰囲気が
手に取るように感じられました。
これこそ池波さんの人柄でしょう。

また、この本を読んでいて、
いつも懐かしい名前に
ハッと胸がおどります。
例えば、アルルのホテル、
ジュリアスシーザー。
モンパルナスのクーポール。
レアールにできたフォラムデアール。
モンマルトルの椿姫のお墓。
サンジェルマンのホテル、ラベイ。
その近くのサンシュルピス広場。
これらの名前を見たとたん、
さぁーっと思い出がめぐります。
あんな事もあった、こんな事もあった、
一人だったり誰かと一緒だったり
その思い出は年代をあちこち
とびますが、どれもこれも、
宝石のように輝く旅の思い出です。
 名を聞けば思い出いづる土地土地の
   忘れ得ぬひと忘れ得ぬ味

旅の終わり、パリへ近づいてきた頃の
何気ない文章に惹きつけられました。
「がらんとした駅前広場に、
 秋の日ざしがみちわたっている。
 私たちの旅も、そろそろ終わりに
 近づいてきた」
旅をしていて、最もさびしい時。
それをさらりとこの数行で、
思い出させられました。





by orochon3 | 2019-07-04 20:16 | | Comments(0)

「あるシネマディクトの旅」池波正太郎

先日、高峰秀子さんの
ヨーロッパの旅日記を読んで、
そういえばあれ読もう、
と書棚から取り出しました。
池波正太郎の本というと、
「銀座日記」がお気に入り。
そしてこの本も大好きな一冊です。
肝心の鬼平も剣客も読んだことは
一度もありません。
劇画でなら読んでいますが、、、。
池波正太郎はエッセイが好きです。

秀子さんの旅日記とは
全く趣が違いますが、
こちらもまた格別な旅です。
そして驚くべきは、この旅は、
池波さんが五十代の時だった!
ということです。
私が初めて読んだのは、
まだ二十代始めでした。
その時には、休憩ばかりの旅だなー
という感想でした。
年寄りになるとこうなるのか、、、
と思い読んでいました。

運転手と写真係の若い二人の男性を
連れてフランスの田舎をまわる車の旅。
いつも池波さんは休憩をして
ビールを飲んだり、お菓子を食べたり。
なんともゆったり旅の空を楽しんでいて
歳をとったらこういう旅が良くなるの?
と、その頃は買い物に夢中だった
若い私には想像がつかない旅でした。
とにかく動いていないと落ち着かない、
時間がもったいない、何か買いたい、
というのが私の旅だったのです。

ところが。
ここ最近の私の旅といえば、
売店を冷やかすのは相変わらず
大好きですが、休憩も大好き。
SAでも街中でも、少し座って
風景を見たり、地味を味わい、
史跡や土地のいわれに触れたり、
土地の人と触れ合ったり、
そうして旅情を楽しんでいます。
そうか、こういうことなのか。

池波さんが何度も書いているように、
あれこれと旅の目的を詰め込まず
主目的が決まれば他はおまけ、
という考えに至ったのも五十代に
差し掛かった頃でしょうか。
知らず知らずに池波さんの
旅の流儀を踏襲していたのでした。
 寝ころんで頁をくって旅をする
   果てなく広がる夢幻の世界

ゆったりとした時間の流れを
一緒に楽しんで旅した気分を
存分に味わった一冊でした。




by orochon3 | 2019-07-04 08:37 | | Comments(0)

いまさらですが

先日来、乏しく偏った私の読書歴を
つらつらと振り返っていたところ、
はたと気づいたことがあります。
大好きな作家の方々は皆々、
すでに鬼籍に入っておられる方ばかり。
好きになった時にはもうこの世には
いなかった、という事も多いです。
ということは、その方の新作は
絶対に読むことができないのです。
わー、残念。

中学の時に、
カトリック系女子校の寄宿舎が
舞台だったクララ白書を読んで、
それは中学部が舞台でしたが、
その後、ぱーと2が出て、
今度は高校の部を舞台にした
アグネス白書が出て、
またそのぱーと2が出た頃、、、
新作の出る嬉しさと、
待ち遠しさを楽しみました。
そういうものを味わえることが
いま、皆無と言って良いです。

三年前に実家にあった本を処分し、
厳選した本を小さな書棚を買って、
自室に収めて置いています。
そこに並んだ名前を挙げてみましょう。
まずはマンガ軍団、
長谷川町子、サトウサンペイ、西岸良平。
そして小説からエッセイなど、
向田邦子、久世光彦、井上ひさし、
江戸川乱歩、幸田文、林芙美子、
菊池寛、池波正太郎、内田百間、
古川緑波、谷崎潤一郎、高峰秀子、
田辺聖子、瀬戸内寂聴、佐藤愛子、
そして、つかこうへい、、、。
新作を楽しみにできるのは、
たったの3名、しかもご高齢です。
多くを望むことは到底無理でしょう。

それにしても、この偏愛さ。
私の生き方にも通じているような。
 宝石のような言葉をかみしめる
   一語一語を胸にだきしめ

本でも映画でもなんでも、
好きになったものは
何度も何度も楽しめます。
忘れっぽい、というのも
原因なのですが。




by orochon3 | 2019-06-25 08:58 | | Comments(0)

読書歴のはじめ

子供の頃から本が好きで、
モチロン、マンガも大好きで、
片っ端から読んでいました。
学級文庫も図書室も大好きで、
外で遊ぶよりも本を読んでいたい
という子供でした。
図書室では各県の風土記が
特に好きでした。
戦前の暮らしの、手記や写真が
載っているところを探しては
読みふけっていたのです。
中高の図書室には新聞の縮刷版が
ずらりと並んでいて、
戦前の新聞が読めるなんて!と、
とっても嬉しかったです。

小学校の頃に親しんだ童話ではなく、
小説というものを初めて読んだのは
いつだったのか、、、。
いろんな作者にハマって読むタイプ
だったのですが、
中学に入った頃に、
山本周五郎にハマったのが最初では
ないかと思います。
きっかけはタカラヅカで観た
「ちいさな花がひらいた」でした。
(1981年星組公演)
その原作が「ちいさこべ」で、
観劇後にすぐに買いに行ったのを
覚えています。
そこから次々に山本周五郎の
江戸時代を描いた作品を読み漁り、
どっぷりと浸かっていたのでした。
柳橋物語、釣忍、人情裏長屋などの
下町ものが特に大好きでした。
タカラヅカの原作にもなるのだから、
どこか少女漫画のようでもあって
とっつきやすかったのかもしれません。
樅の木は残った、青べか物語等という有名な作品は
まったく読んでいませんでしたから、、、。
けれど、私の周囲を見渡しても
周五郎が好きという女の子は
一人もいませんでした。

同じ頃、学校で、
氷室冴子のクララ白書が流行って、
続編のアグネス白書など次々出て、
流行りの原田治の挿絵も可愛くて、
大ブームになりました。
女子校に入ったばかりの私も、
親近感がもてて大好きになり、
何度も読んだものでした。

山本周五郎にどっぷりだった、
と同時に氷室冴子も読んでいたので
どうにか80年代の女子中学生として
均衡がとれていたのではないかと
五十路に入った私から見れば
少し安心しているのでした。
 ふりかえるわが人生の宝もの
   かぞえきれない本との出会い

私の枕元には数冊の本が
常に置いてあり、
鞄の中には一冊入れています。
本がなければ生きていけません。




by orochon3 | 2019-06-23 11:01 | | Comments(0)

佐藤愛子の特別寄稿文

週刊朝日に田辺サンを追悼する
佐藤愛子の特別寄稿が載っていて、
つい立ち読みしてしまいました。
見開き2ページで短いですが、
佐藤愛子の目から見た
田辺聖子サンやご主人のことが
佐藤愛子らしく書かれていて、
二人の関係がよく伝わってきました。
田辺サンとはまったく正反対、
なのに長い付き合いが
あったのですね、不思議。
最後に、
田辺サンの
”流麗な文章は、
苦慮して出たものではなく、
胸奥の泉から自然に
流れ出てきたもの”
と書かれていて、
深く感動してしまいました。
ただし、佐藤愛子は、
スヌーピーは苦手だったのだとか。
そうでしょうねえ、、、。
 風にのり鼻をくすぐるくちなしの
   香りにふっと心はなやぐ

梅雨入りは来週中頃?とのこと。
7月は雨続きになりそうでユウウツ。




by orochon3 | 2019-06-22 08:15 | | Comments(0)

昭和天皇と田辺聖子

田辺サンが亡くなって、
いろんなことを思い出しています。
先日の美智子さまとの
幸せなエピソードとともに、
田辺サンの自伝的小説
「私の大阪八景」も忘れられません。
その中でも最後の最後、
昭和天皇が人間宣言をされて、
行幸で大阪へ来られた時の
民衆の描写はたまらなく
胸をつきました。
ここでも既に記しているかも
しれませんが、再度抜粋します。
----------------------------------------------------

 お車の中にはソフトを振って
答えられる眼鏡の陛下のお姿が見えた、
とうとう見えた。陛下を見た。
 無数の腕が狂気のように振られる。
「陛下、陛下ッ」と群衆はロープを
押しきって、なだれを打って陛下の
お車をかこもうとする。お車はちょっと
立ち往生のような形になった。
「ええもう、こないなったらほんまに
身内は日本人だけや、ほんまに
日本人だけだす、苦労分け合えるのは」
 感激屋のトラさんは号泣した。
「わてな、大連出航後まなしに船の中で
陛下のご健在を聞いて一同、誰からとも
なくバンザイを叫びましたんや」
 トラさんは泣き泣きいった。
突然、大きな声をはりあげて、
 「陛下、ーー苦労しなはったなあ、
お互い、まあえらい目にあいましたなあ。
長生きしとくなはれやァ、陛下、
これからだっせ、陛下ーー」
 もみくちゃにされながら去ってゆく
お車に向かってどなった。
 周囲の人は笑った。笑いながら
トキコもポロッと涙がこぼれた。
トラさんの叫びは日本の敗戦以来、
誇りを失ってくじけていた日本人の
心にぴたッとくるひとすじの暖かさ
があったのか、またはちょうど皆の
いいたいことを代弁してくれたのか、
笑いながらみんな泣いた。

----------------------------------------------------
登場人物の誰もかれもが
生き生きと熱をもって
描かれている田辺サンの作品。
これが私を惹きつけるのでしょう。
この後、群衆のバンザイの声の中に
<トキコは「陛下、置いていかないで
ください!」と言う無数の死者の声を
聞いた>と結ばれています。
ここに田辺サンの強い思いが
こめられているのでしょう。
そしてそれが胸をわしづかみにして、
そのまま持っていかれたように
読後もしばし放心してしまうのです。
言葉の力、文章の力は、
こんなにも強さを持つのですね。
そして田辺サンの文章はいつも
強くてこよなく優しいです。
 やさしくて力づよくておもしろい
   心にしみる言葉の力

なかなか梅雨入りしません。
どうなっているのかな。




by orochon3 | 2019-06-15 09:07 | | Comments(0)

「旅日記 ヨーロッパ二人三脚」高峰秀子

だいぶ前に発売されていて、
時々立ち読みしていましたが、
文庫版が出ているのを
見つけて購入しました。
発行は2年前でした。

高峰さんは日記はつけていなかったけど、
旅先では丁寧に手帳をつけていて、
高峰さん宅の納戸の書架には、
そんな手帳が何冊もあったのだそうです。
その中で一冊だけ、ちゃんとタイトルが
つけられて、表紙絵まで書かれた、
ワクワクするような手帳が、
亡くなってから発見(!?)されて、
それを少し直して、
一冊の本にしたものです。
高峰さんが、とっても、とっても、
大切にしていた思い出!
この表紙を見ただけで、
それが一瞬にしてわかります。

内容は、これ本当に旅先で書いたの?
というくらい、詳細に面白く、
記されています。
内容には雲泥の差がありますが、
私も巴里日記をつけていました。
ひとり旅の私にはたっぷりと時間が
あったので、いくらでも書けましたが、
あの過密スケジュール、
しかもいろんな人と一緒の旅で、
あれだけの文章を書いたとは、
驚くばかり。
なんでもサッ!とスマァトに
こなしてしまうひとです。

それにしても登場人物がスゴイ。
梅原先生、谷崎先生の両雄、
伊東深水に花柳章太郎。
藤田嗣治家にはご飯をよばれに
何度も行っていました。
カレー、美味しそう。

毎晩読んでいたので、
あっという間に読了です。
1958年8月から翌年3月まで
長い旅をご一緒してきたような
疲労と満足感で満たされました。
 華やかな水無月の巴里を夢想する
   さわやかな風きらめく陽射し

アンカレッジ、という地名を
久しぶりに目にしました。
懐かしいー!




by orochon3 | 2019-06-13 08:46 | | Comments(0)

美智子さまと吉屋信子、と田辺聖子

田辺聖子サンというと、
忘れられない文章があります。
「ゆめはるか吉屋信子」という
吉屋信子について記した評伝、
その著作の文庫版のあとがきの
後半部分です。
自分自身のためにも、
長いけれど抜粋します。
---------------------------------------------

皇后さまは隣の席の私に
最近作をおたずねになる。
私は『ゆめはるか吉屋信子』を
書きました、と申し上げると、
<まあ、なつかしい名前!>
と玲瓏たる皇后さまの美しい
ソプラノがひびきわたった。
<吉屋信子さんは、わたくしの
少女時代の愛読書でしたのよ>
そして、『花物語』『紅孔雀』
『桜貝』・・・とすらすら、
信子の少女小説のタイトルを
あげられる。終戦後のこととて、
自由に本が入手できず、
友達と貸し借りあって、
<夢中で読みましたのよ・・・>
いつか、皇后さまのお話に、
テーブルの人々は楽しく聴き入り、
天皇さまも微笑を浮かべられる。
皇后さまのお言葉は平易でありながら、
品格ある美しい日本語である。
明晰なご発音。そして珠を転がすような、
と古くから日本で愛用されている
美声の表現がいかにも似つかわしいお声。
信子の少女小説がいかにたのしく、
すがすがしくも美しかったかを
頰を染めて語られる。

私もつい、身をのり出してお答えする。
そうでございます、
信子は少女小説こそ、
力を込めて書きました。
手ぬきも妥協もしませんでした。
何といっても、<少女>に
読ませるから、と。・・・

ーー信子先生、聞いて頂けました?
信子先生の<少女>にそそぐ愛と情熱は
何十年後も読者の心を、
美しく染めるのですよ。
齢を重ねても、そのかみの夢見心地を、
女人たちは忘れないのですよ。
愛を、誠実を、女人の誇りを、
思いやりの心、いたわりの心、
それらのやさしみを、少女よ、
忘れないで、と訴えつづけた、
あなたの少女文学は、女人の心のうちに、
生涯の花を咲かせたのです。
私は心で<信子先生>にそう伝え、
席をおたちになる両陛下を、
テーブルの方々と共に起って、
お見送りしたことだった。
この幸せな思いを、
本書を手にとって下さった
皆様にもお伝えしたくて、
文庫版のために書き加えた。

------------------------------------------------------
この文章を読むたびに、
私は胸がいっぱいになって
美智子さまと田辺サンと、
吉屋信子の、愉しそうな
笑顔が思い浮かびます。
厚かましく恐れ多くも、
私もご一緒のテーブルに
つかせて頂いているような、
幸せな気持ちになるのです。

田辺サンが愛したものは、
すべてに優しくて、
幸せがいっぱい、です。
 水無月のひんやりとした雨あがり
   香りをはなつくちなしの花




by orochon3 | 2019-06-12 08:41 | | Comments(0)

「霧ふかき宇治の恋」田辺聖子

とうとう終わってしまいました。
読み終えて、やっぱり私は
宇治十帖の世界が、特に浮舟が
好きだなーと改めて感じています。

前半の大君と薫、匂宮と中の君の
あれこれは、田辺サンのこの作品で
かなり印象が変わりました。
私の中では大君は薫へ、それほど
心が動いていたとは思っていなかったので、
とっても意外だったのです。
あの大君が亡くなっていく場面は、
特に心情がこと細かでした。
わかりやすくて良いのですが。

そして私の中で、もうダンゼン、
何と言ってもいちばんの見せ場は
匂宮が浮舟を抱き上げて宇治川を渡る
あの名場面。もうこれは、
名場面と言っても良いですよね。
「浮舟はすべての少女の夢」だと
田辺サンがあとがきで書かれていました。
それを読んで、
あぁそうかと気づいたのです。
浮舟をめぐる薫と匂宮の物語は、
そのまま私が少女時代に読んでいた
あの少女漫画の世界なのでした。
五十を過ぎても、私の芯の部分には
あの世界がしっかりと
根深く生きていたのでした。

運命に流され続けたあの浮舟が、
最後にはするりと出家を果たし、
(ここのところの吉川の僧都、大好き)
はっきりと薫を突っぱねる。
あの浮舟の変貌が実に快くて、
うつうつと煩悶し続けた日々が
長ければ長いほど、
あの痛快さは高まるのでした。
うまいなー。
 宇治川の水おと高き流れにも
   果てはあらがう強き浮舟

巻末の氷室冴子の解説では、
『人々の心が綾なすドラマが
 うねるように姿を現し、
 浮舟の身ひとつに収斂されてゆく。
 なるほど宇治十帖とは
 こういう物語であったのだと
 得心され、余韻はさらに深い』
と結ばれています。

上下巻を読み終えて本を閉じた時、
はぁーと息を吐き、その余韻に、
しばし心を宙に漂わせながら、
宇治川の川音を聞いていたような。
また宇治へ行きたくなりました。





by orochon3 | 2019-05-23 08:52 | | Comments(0)

主に戦前邦画と、思い切り偏った読書の感想などなど。近頃はもっぱらお酒ばかりで スミマセン。
by orochon3

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