カテゴリ:本( 96 )

ジャーマンベーカリー

古川緑波の『ロッパの悲食記』を
時々手にとっては読んでいます。
昭和19年と33年の食物日記のほか、
食に関する随筆が収められていて、
特に戦前のものは興味深いのです。
甘味休題という随筆の中で、
懐かしい名前が並んでいましたが、
特にジャーマンベーカリーという名は
久しぶりに目にした懐かしいお店です。
”あの頃”に敏感な私は、感覚的に、
このお店は私の好きなあの頃の
雰囲気がする、、、と感じていたのです。
歴史的には昭和3年に銀座5丁目でオープンし、
昭和4年には横浜にも出店していました。
(やっぱりあの頃!のお店だった)

私の思い出の中にあるのは、
横浜元町のお店、田園調布のお店、
そして有楽町駅のお店です。
ホットドッグが大好きな身としては、
ジャーマンという言葉には敏感で、
ここのホットドッグを食べたい、、、
と思うことしばしばでした。
(味についてはあまり覚えていません)

最近とんと関東地方にごぶさたですが、
今はどうなっているのかと調べてみると、
なんだか、どうやら、なくなったみたい。
有楽町と田園調布は1998年に閉店し、
最後まで営業していたという
横浜元町は2003年に閉店したそうです。
つい今さっきまでとうに忘れていたくせに、
なんだか急に寂しくなってしまいました。
 とおい日の記憶にねむる銘店が
   ふとよみがえりしばし味わう

そしてロッパの思い出話に出てくる
ジャーマンベーカリーのくだり。

『戦前のジャーマンベーカリーは
 独特のバームクーヘンや、
 ミートパイなど、他の店にないものが
 揃っていた』

『ミートパイは、戦後のジャーマンベーカリー
 (有楽町駅近く)でもやっているが、
 昔の方が、もっと大きかったし、
 味も、しっとりしていて、美味しかった』

ミートパイといえば今は神戸元町の
ユーハイムのが美味しくて好きですが、
昔々、学校帰りに買って食べた、
芦屋川の今はなきブレーメンの
ミートパイも美味しかったな、、、
なんて思い出す私の記憶も
なんともう40年近く前のものでした。

蛇足ながらバームクーヘンも、
昨今流行りのフアフアのものより、
ユーハイムのしっとりしっかりな
昔からのバームクーヘンが好きです。
やっぱり神戸っ子ですねー。

ガンバレ、貴景勝。

by orochon3 | 2019-01-20 14:14 | | Comments(0)

乗り換える駅

先日、本屋さんでウロウロしていたら
”ゆうゆう”という雑誌に目が止まりました。
大きな字で「心丈夫に生きるヒント」、
「作家の素顔 今日を生き明日を生きる」
と表紙にあります。
その作家には佐藤愛子、田辺聖子の名があり、
興味を惹かれて手に取ってみました。
真っ先に田辺聖子のページを開くと、
コーラルピンクのひらひらの洋服を着て
自邸の庭で笑っている聖子サンの写真。
あぁこの人は変わらない、、、
なんだかホッとしたのでした。
そして内容をサクッと読んでいて、
グワシッと心をつかまれてしまいました。

彼女は、人生を列車の旅にたとえて語ります。
その節目節目には乗り換える駅が来る、と。
生死の辛い別れもあれば、
受け入れがたい老いや衰えなどもあり、
もちろん良い意味でステップアップも。
その乗り換える駅を間違わずに、
ちゃんと乗り換える時に乗り換える。
まだ大丈夫と抗ったりせずに、
それを受け入れることが大事なのだと。
「乗り換える駅が来たら
 涙をふいて乗り換えましょう」
この一文が心をつかみました。
まだ乗り換えたくなかったのに、
と不平を言ったり恨んだりせずに、
これが乗り換える駅なのだと自認して、
パッと乗る電車を変えることが
今の私のすべき事なのかも、、、。
乗り換える、乗り換える、と
口の中で何度も言い、雑誌を戻しました。
いつも、聖子サンの言葉はやわらかいのに
強い力を持って私に迫るのです。
 乗り換えるときをたがわず見きわめて
   身をかわすようにそっと消えたい
   

今朝の空はまっかっか。
十日戎の朝。
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by orochon3 | 2019-01-10 09:16 | | Comments(0)

「新源氏物語」田辺聖子

年末にかかるまでに
滑り込みセーフという感じで
ようやく読み終わりました。
田辺サンの愛情がターップリと
詰め込まれた物語でした。
もうお腹いっぱいです。
初めはちょっととまどいながら、
そのうちどんどん引き込まれ、
気がついたらどっぷり浸かり、
田辺調にすっかり酔いしれて
読み終えるのが寂しい、、、
なんて思ったところで読了です。

巻末の石田百合子氏の解説文に、
『巻名が、全ていかにも著者好みの
 優艶なことばの連なりになっていて、
 源氏に遊ぶ著者の楽しげな風情が
 いっぱいに漂う』とあるとおりに、
『もとの巻名を織り込みつつも、
 その巻の内容もあらわすといった
 凝った趣向』の巻名からしてもう
どっぷりと田辺聖子ワールドなのです!

そして空蝉との恋から始まる物語は、
田辺聖子調とも言うべき、
どこかにおかしみが見え隠れしつつ、
優しく柔らかくふんわり綿菓子のような
しらべで語られていきます。
しっかりと血肉となって田辺サンの中に
染み込んでいる源氏物語という
壮大な物語を、丁寧に愛情を持って、
現代の私たちに届けてくれました。

最後の巻では紫の上が亡くなり、
一人残された源氏が嘆きに嘆き、
悲しみに悲しみ、出家を決意して終わります。
『雪は降り積もる。
 迷い多かりし源氏の生涯を、
 浄めるかのごとく雪は降り積もる』
という哀しくも美しい文章で結ばれます。
その昔、女性たちが夢中になって
読んでいたというこの物語の魅力は、
こういう事だったのではないかと、
はるか時をくだった現代の私は、
ほぉっとして本を閉じたのでした。
瀬戸内寂聴の源氏物語とあわせ、
この田辺新源氏物語をお貸しくださった
秋桜様に心より感謝を申し上げます。
新しい世界への扉を開いていただき、
ありがとうございました。
 優艶なことばでつむぐものがたり
   千年を超え源氏にあそぶ

髭黒の大将と近江の君の訛りには
まったく度肝を抜かれ、
大笑いしてしまいました。
こういうのがたまりませんねー。

by orochon3 | 2018-11-30 13:26 | | Comments(0)

ウマイ物、食ベタイ物

内田百間の随筆集「御馳走帖」の中に
「飢餓道肴蔬目録」というのがあります。
昭和19年の夏の初め、
食料がなくなったので、せめて、
記憶の中にあるウマイ物食ベタイ物の
名前だけでも思い出して書き出した、というものです。
末には、書き出しだものの説明がついていて、
一、いつも食べていたもの
二、人から贈られて忘れられない味
三、昔の味を思い出すもの
という三種類の食べ物であるとのこと。
また、その後に思い出したもの、と、
年がら年中あったもの、が追記されています。
百間先生らしい細々したところが
なんともいえないおかしさがあります。
どんな食べ物なのか想像しながら、
時々ページを開いて読んでいますが、
コレなんだ?というものもありますし、
コレはいかがなものか、というのもあって、
私のわかるものの中で一番ヘンなのは、
蒲鉾の板をかいて取った身の生姜醤油でした。
コレ、なんでわざわざ?
何か思い出があるのでしょうか、、、。

本当の飢餓を知らない私には、
全くもって想像もつかないけれど、
あぁコレはもう絶対に食べたいだろうなあという
究極は、牛肉網焼とポークカツレツでした。
食糧難でなくとも、コレはいつでも食べたいです。

断然多いお野菜、お魚に次いで、
お菓子と果物も多いですねー。
どこそこの何々といったお菓子もありました。
食べたくても食べられない辛さは、
どれほどのものだったのでしょうか。
平和な日本のいまを生きる私は、
飽食と言って良い生活をしていますが、
それでも、いつもいつも、暇さえあれば
アレ食べたい、コレ食べたい、と
欲望に限りがないのですから、
あの戦争末期の食糧難の時だったら、
と思うとそれだけでも戦争はイヤです。
 一年でいまがいちばん良い季節
   朝陽をあびて落ち葉踏み行く

夫はよっぽど咳が辛いのか、
喉の痛みもあるらしく、
とうとう耳鼻科へ行きました。
お大事に。


by orochon3 | 2018-11-08 11:15 | | Comments(0)

やっぱり玉鬘チャン

田辺聖子サンの新源氏はまだまだ続いています。
けれどグーンとスピードが上がったのが
やっぱり玉鬘のくだりでした。
結局誰が書いても面白いのでしょうねー。
それほど物語がしっかりしているのでしょう。

田辺サンの筆も冴えに冴えていて、
書きながら嬉しそうに笑みがもれている
田辺サンが思い浮かんできたほどでした。
恐らく、ですが田辺サンは髭黒の大将が
わりと好みなのではないかと思います。
少なくとも好感を持っているように感じました。
かくいう私も、男性登場人物の中では、彼は上位に入っています。
大将の心が北の方から玉鬘へと移っていく様子が
心の中が丸見えのように描かれていました。
実にわかりやすくおもしろい描写で、
大将に同情し、応援したくなったくらいです。

初瀬参りでの再会をはじめ、
蛍や野分などたくさんの名場面が続き、
その挙句に髭黒の大将がかっさらう、、、
おまけに大将の北の方には物の怪がついていて
凄まじい憑きっぷりに恐れおののいたりして。
全く紫式部の大盤振る舞いぶりにも恐れ入ります。

そしてこれだけでも十分なのに、
もう一つのエンターテインメントが、、、
常夏での近江の君の登場。
田辺サン、もうかなりノリノリです!
早口の双六好きの姫、近江の君が登場する度に、
くすくす笑ってしまいました。
「ひやあ、嬉し、ありがとさんでおます」
なんて内大臣に言ってしまう遠慮のなさに
まったくもって関西弁がよく似合って。
近江の君が登場して玉鬘の品の良い美しさが
どんどん際立っていきました。
なんともすごい演出です。

柔らかくくだけたようでも
格調高い田辺聖子調で彩られた、
”どうにもならない運命”を象徴するという
玉鬘の魅力が存分に味わえる物語でした。
ああ、おなかいっぱいです。
 典雅なる波乱万丈の夢語り
   夢中で頁を繰らせる手腕

by orochon3 | 2018-10-24 13:04 | | Comments(0)

つくろい人生

古本屋さんでふと手にした本、
沢村貞子さんの「わたしの三面鏡」という
エッセイ集を読みました。
沢村さんが70代半ばの頃、昭和58年に
書かれたものだそうです。
50代前半の私には、共感できることと
まだよくわからないことがありましたが、
いずれはたどる道なのだろうなと
想像しつつ読んでいました。

ある朝、寝ぼけて脇腹を強く打った沢村さんは、
勝手に全治一週間だと思い込みます。
けれども20日経っても治らないので、
「若い時にはこれくらい4、5日で治ったのに」
とブツブツ文句を言い、
挙句「もう治らなくても良い」とフテ腐る。
そして、気がつくのです。
思えば70歳半ばまで散々使った身体であった、
わが家の古い雨戸でさえ、すり減ってくたびれ、
雑巾で埃をぬぐい、敷居にローソクをこすり、
そうしているからこそ、どうにか戸締りの
役に立っているのだと。
そう思い返し、せっせと湿布を貼り続けていたら
ちょうどひと月でやっと全治したのだとか。
「なるほどね」とよくわかった、
と沢村さんは得心したのでした。

『歳をとるとホンのちょっとしたことで
 身体のあちこちに故障がおこる。
 そのときは、あせらずじれず、
 ゆっくり手当をしてやって、
 どうにか動くようになったら、
 それでけっこうと思うこと
 どっちみち新品同様ピカピカになる
 わけではない。
 つまり、私に残されたこれからの毎日は、
 つくろい人生とでもいうのだろう、、、』

ちょうど私も、あせらずあわてず、
と思い思いしていたところだったので、
見られていたのか?と思うほど
ドキリとしたのでした。
いまの私を素直に受け入れて、
ていねいにつくろって生きていこう、
そう心に刻みました。
 われもまたたどる道なり
   怖々と一歩ふみだす老いの花道

by orochon3 | 2018-10-18 07:18 | | Comments(0)

「女のとおせんぼ」田辺聖子

寝苦しい夜、何度も目が覚めては、
枕元の本を開きます。
そういう時はア・カルイ、エッセイが良いです。
今は田辺聖子サンのもの。

今朝方読んだものが印象深く
起きた後もずっと頭に残っていて
なんともスッキリした気分です。
”夭逝のいましめ”というタイトル。
若くして死なない為のいましめです。
一、”ねばならぬ”を忘れる
二、他人と比べない
三、人生は神さんのあずかりものと知るべし
一つ目と二つ目は諸悪の根源のストレスを
貯めないようにする心得ですが、三つ目が面白い。
”諸事諸物、みなこれ、神サンのあずかりもん”
であると言うのです。
曰く、
『あずかりもん、という以上は、
 神サンが返還を要求されたら、
 応じないといけない。
 また神サンは気まぐれで、
 ふいっとその気になって、
 返せ(かやせ)と言いはる。
 言いはると待て暫しがない』
そしてもちろん命もあずかりもんで、
『その人自身を返せ(かやせ)と
 言わはったら、ハイ、では、
 とすぐ、お返しせんならん』
と続きます。
そして、
『せっかく無利子無担保で
 神サンから貸して頂いた人生、
 仕事も遊びもしっかりして、
 よう使うてからお返しせねば
 いけまへんナー』
というわかりやすい説明でした。
田辺サンは最後に、
『神サンが返せ(かやせ)というのを
 忘れはるほど、面白く充実した人生を
 持とうではありませんか』
と結ばれました。
なんだか彼女の笑顔が浮かんできて、
私もつられて笑顔になります。

ホントだな、
そう考えると、いろんな執着とは縁が切れ、
スッキリサッパリと暮らせるなー、
なかなか現実は難しいけれど、
いつ神サンが「かやせ」と言ってこられても
「はい、どうぞ」と言える自分でありたい、
ナンテ殊勝なことを考えていて、、、
暑さで頭がおかしくなったんかしらん?
と不安になっちゃったりして。
田辺サンのエッセイは(小説も)、
辛くしんどい事がア・カルイ!に変身して、
人生の時時に救われる事多し、です。
 大空を茜に染めて陽が落ちて
   真暗ななかに浮かぶ新月

by orochon3 | 2018-07-17 08:42 | | Comments(0)

田辺サンの新源氏

田辺聖子サンの新源氏物語を
読み始めてずいぶん経つのですが、
なかなかスピードがあがりません。
瀬戸内源氏の時にも、
最初は超ノロノロでしたが、
今回はもっと遅いかも、、、。
なぁんとなく、ちょっとだけ、光の君に、
好感が持てないのですよね。
よく言えばわかりやすいのですが、
喋り過ぎなのが難点かなぁ。
特に若紫のところで(本当にまだ初めのところ!)
台詞が現代的でしっくりこないのです。
ドラマを観ているような、
少女漫画を読んでいるような、、、。
こんな私のようなにわかファンが
偉そうな事を言って恐縮ですが、
週刊誌の連載小説のように、
サービス精神が旺盛過ぎて、
雅なしらべがただよわず、
コミカルでア・カルイ印象が強過ぎて、
まだその世界についていけていませぬ。
そのうち慣れるだろうと思いながら、
本を手にとるのが間遠になっています。

遠藤、また出てきましたが
ホントに大丈夫なの???
ガンバレ、貴景勝!
 刹那的 雨にぬれてた山ぼうし
   惜しむまもなく春はゆくゆく

by orochon3 | 2018-05-23 13:03 | | Comments(0)

「これで古典がよくわかる」橋本治

実は去年のお正月に読もうと思って
古本屋さんで買っていた本です。
途中で源氏物語にとんでいたので、
中断していましたがようやく読了。
全編”橋本治ワールド”全開で、
ぐいぐいひっぱりこまれましたが、
で、古典がわかった?と聞かれると
NO、、、なのですねえ残念ながら。
でも、とっても面白い本でした。
「ことば」に対する姿勢を改めて、
もっと意識しなくちゃ!と思わせられます。

日本に漢字が入ってから平家物語まで、
日本人が「和漢混淆文」を作るまでという、
実に内容が濃い一冊ですが、
とにかく一番印象に残ったところだけ、
ものすごくざっくりと。

まず漢字が日本に入ってきた時、

一、漢字だけで書かれた文章にあわせて
  日本語を使う→漢文
中国製の文章を日本語として読もうとした。

二、自分たちの言葉にあわせて、
  漢字を好き勝手に使う→万葉がな
象形文字である漢字の、意味を捨てて、
かな文字のかわりに音だけを使った。

古事記では、
漢字だけの日本語の文章を作ったけれど、
読み方が統一できずわからなくなり不便になり、
自分たちだけの文字を作るようになる。
それがひらがなとカタカナ。

<ひらがな>
漢字の万葉がなをくずして書いていて生まれる

<カタカナ>
読みにくい漢文を読むための記号として生まれる

ex に=仁の字をくずして書いた
  ニ=仁のにんべんをとって二だけ使った

ひらがなは和歌や物語を書くために
生まれたそうですが、
カタカナは、漢文の勉強をしていた
昔の学生があみだした記号から
生まれたものだそうです。
文章を読みやすくする為に、
レとかテとかを直接本文に
小さく書き込んでいたらしい。
それも、はっきりではなく、見えないように
印をつけるように字の跡をつけていて、
その為の筆記用具が正倉院にあるのだとか。

今でも、英語など外国語を勉強する時に
カタカナをふったりしますが、
なんとそれは、奈良時代からの
日本の伝統だったのだと書かれていました。
「今の日本語はやたらカタカナばかりだ」
とよく言われますが、
それも実は大昔からの伝統なのかも、
と結ばれていて、
なんだか嬉しくなってしまいました。

これがまだまだ前段なのです、
なんとも面白い一冊でした。
 話しても書いてもことばは難しく
   恐る恐るにくみとる真意

肝心の”古典がわかるようになるには”、
まず慣れることだそうです。
泳ぎをマスターするにはまず水に慣れる、
それと同じように一番手っ取り早いのは
「古典の冒頭を暗記して暗唱する」こと、
外国語をマスターするのと同じで、
とにかく慣れること、が肝要だそうです。
すごく苦手ですが頑張ってみるかな。


by orochon3 | 2018-05-07 14:24 | | Comments(0)

五十代になったので

いろいろと思うところがあって、
きちんと整理しておきたいと思い、
本屋さんに行ってきました。


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吾が家は夫と私の二人家族です。
もし、私に何かあった時に、
少しでも迷惑がかからぬように、
というより何よりも、
自分自身が「今のわたし」を把握し、
整理しておきたいと思ったのです。
いわゆるエンディングノートですが、
表紙に
「これからの生き方が見えてくる」
と書かれているように、
五十代になったいま、
ここで一度、整理し、準備をして
今後の来し方を考えておきたい。

そして積もり積もった荷物も、
もっと減らしていこうと思います。
少しずつ処分してきたつもりでも、
日々暮らしていると、
また荷物が増えてきているのが
哀しいかな現実で、
理想と現実がごちゃまぜです。

このノートを書き終わったら、
すべき事の優先順位が
ハッキリしてくるでしょう。
 来し方も行く末もまた霧の中
   まずは始めんエンディングノート

by orochon3 | 2018-04-23 14:44 | | Comments(0)


主に戦前邦画と、思い切り偏った読書の感想などなど。近頃はもっぱらお酒ばかりで スミマセン。


by orochon3

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